殺さないで。

「肉」を食べることがどれだけ残酷で罪深いことであるか、、、

1日も早く世界中の多くの人がこの真実に気づき、行動を変化させますように。

「肉」という表現はその残酷さを覆い隠す。

「肉」ではなく、「動物(=仲間・友達・人間と同じ生き物)の死体」です。

殺される時、人間が味わうと同じ恐怖や痛み・苦しみを味わっているのです。

この真実を知っても、あなたは、まだ(間接的にであっても)殺すことをやめないのですか?

少しずつでもよいから、どうか「やめる」という選択をお願いします。


※写真は、Animal Equality Germany(FB) からコピペしたものです。

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この記事へのコメント

ななし
2018年10月01日 22:00
自分たちには生死を自由に操れる権利があると思ってる時点で人間として自惚れ過ぎている。
別に人間が殺さなくても至る所で生物の虐殺は起きている。真実から目を背けてむしろあなたのような人だというのが私の意見である。
mana☆
2018年10月02日 14:07
>ななしさん
あなたの言葉は、あなたの心の中にあるものに反応していますね。生死を操れると思っているのは、あなた自身、あなたの世界にすぎません。全てはあなた自身のなかにあるものですので、どうぞご自身の心を見つめてください。
匿名
2018年10月07日 21:59
弱肉強食のこの世界に何を言っているのか。動物は生物だから食うなと?植物とて生きているではないか。では我々は一体何を食べればいいのか?我々に死ねと?
mana☆
2018年10月09日 09:44
>匿名さん
弱肉強食の世界を好んでいるのですか?
地球全体がそうでなくなるのに、あと何万年・何千万年必要かはわかりませんが、私は、全ての生物がプラーナからエネルギー(栄養)を得て生きている世界を実現することは可能だと思います。
弱肉強食は、本能の世界です。
人間は愛や慈悲や思いやりの心をお持ちではないでしょうか?もし持っているのならば、殺さない選択ができますよね。動物達の中においても、弱肉強食ではなく、捕食相手を見つけても攻撃せず慈しむそういう子も稀ですがいますよ。あなたもそういう選択ができます。
弱肉強食の世界だからと、何の疑問ももたずに受け入れ、そこに染まって生きることもできますし、「自分は思いやりや愛・慈悲で生きる選択をする」と決めることもできます。私は後者を選択しているのです。

植物と動物へのあなたの言葉・解釈はナンセンスです。
まず動物達は、人間と同様の感情を持っているという点、そして同じ血を流し、快苦を感じる存在であるのです。
違うところは外見だけでしょう。共感力をもって魂レベルで動物達を見てください。
私の植物への捉えは、例えば私が髪を切っても痛くありません。長く伸ばして髪のない人のかつら用に提供することもできます。普通に髪をカットされる分には何も感じないですが、優しく扱われたり感謝されたりすれば心地良く感じるでしょう。逆に髪を切られる時に乱暴に扱われたりすれば、苦痛や悲しみを感じるでしょう。
だから植物に対して私は、優しく扱うこと・感謝の気持ち・粗末にしないことなどを心がけながら接したり食したりしています。
mana☆
2018年10月09日 09:48
>匿名さん 続き

それと人間は本来、歯の状態からみて肉食ではないのですよ。穀物や果実を食べるように作られているのです。
だから本来はそれだけで健康は保てるし、逆に長寿であれるのです。
百歩譲って仮に食べなければ寿命が短くなるとしても、私自身は動物達を食べない選択をしますが、、。
現代まで続いている栄養学が「フォイト栄養学」といって(いまだ厚生労働省・医師や栄養士までも大半が信じています、もしくは食糧産業の利権でこれを利用しています)、これが間違っていることをご存知ですか?
もし知らなければ、勉強してください。
なぜ、この「フォイト栄養学」が台頭したのか?その裏に隠されている真実を勉強して知ってください。

さて、もっと話をすすめますと、究極を言えば、ブリザリアン・リキッタリアンも可能なのですよ。知人の知人は、青汁と少しのサプリだけで、もう何十年元気に生きています。こういう本を読んでみてください。https://www.amazon.co.jp/dp/4837672140/ref=nosim/?tag=biglobe06-src-link-22&linkCode=as1
こちらも勉強してから、考えてみてください。

それと、あなたにも愛や思いやりはあるでしょう。自分の奥にある思いやりや愛・慈悲を見つめてみてください。

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